通信制高校の資料を取り寄せてみました

2年も過ぎたころ。息子がぼそっと言いました。「将来、ニートにはなりたくないなあ」「やっぱり勉強したほうがいい。」それを聞いて、私は息子が回復してきているのを感じました。

といっても、中学校をお休みして、すでに2年。受験するには到底勉強が追いつかないでしょう。また、たとえ全日制高校に運良く入ったとしても、また集団の中で挫折することは目に見えていました。そこで、私は通信制高校のことを調べはじめました。高校の卒業資格さえ取ることができれば、まずは将来の就職の土台を作ることができます。

また、息子は人間関係にすっかり疲れてしまって、「学校」という場所そのものが苦手なようです。「また、大勢の人と教室に入るのがイヤだ・・」と言います。通信制だったら、自分のペースで勉強することが可能かもしれません。

とはいっても、通信制高校について何も知らない私。まずはインターネットでいろんなサイトを参考にしました。いまは本当に、色々なサイトがありますね。おかげで通信制高校がどういう学校であるか、勉強の進め方や勉強の大まかな内容、どんな進路を選べるのか分かりました。

それから肝心な、うちからもスクーリングで通える学校を調べなければなりません。どうしようと思っていたら、こちらのサイトで資料請求できることを知りました。地域や学年を検索すると、通える学校の候補が出てくるのです。そして、良さそうなところにチェックして、一括で資料請求することができました。正直、どの高校を選んだら良いか分からなかったので、これは大変助かりました。

あとは、息子と話し合って、どの学校・どのコースにするのか話し合う必要がありそうです。息子はコツコツと物事を進めるタイプで、勉強も嫌いではない方ですが、はっきりとした進路は、まだ決めかねているようです。

まずはインターネットで学習できるコースを選び、安心できる自宅で勉強するのが良さそうです。そして、高校の勉強以外にも、出来るかぎり好きなことをさせて、自分で道を発見できるように、親としては応援していきたいと思っています。

・・・

自分の息子に起きた、今回の大きな出来事を通じて、いろいろ考えました。
不登校の子ども、これは息子に限らず、珍しくなくなっているようですね。もしかしたら、今までの学校のやり方が合わなくなっているお子さんが増えているのかもしれません。これからは「不登校」という概念ではなく、学び方を「選ぶ」時代になってくるのかもしれません。もちろん、学校に通うことも一つの大事な学び方ですが、学校はひとつの選択肢、別の学び方・・・例えば自宅学習であるホーム・エデュケーションやフリースクールといった場所も増えています。

いろんなことを考えさせられ、親としても苦しい時期がまだ続きますが、子どもの生きる力を信じて、これからも見守っていきたいと思います。

 

息子と私の葛藤の日々

こんにちは、カナコです。

息子が不登校になってから、不登校関係の本やサイトを見つけては読みました。「親である私がしっかりしなくちゃ!」という思いが強かったのかもしれません。
きっかけは学校の出来事ですが、もはや学校は息子にとって良くない思い出のかたまりであり、頼ることはできません。

また、周囲の人たちの雰囲気も「不登校は特別なもの」「どうして学校へ行けないの?」という意見がほとんどです。私も、息子が不登校にならなかったら同じように考えていたかもしれません。

しかし、現に息子は苦しんでいる。相談する公的機関もあるけれど、息子はすっかり人間不信になり、家族以外とは「会いたくない」「出かけたくない」と言います。気持ちは分かるので、自宅でそっと見守りながら解決方法をみつけるしかありません。親として、責任重大であると感じました。

まずは、自宅だけでもいいから、自分らしく毎日の生活を送ることが出来るようにするにはどうしたらいいか・・・。それには、学校のことは置いておいて、ひとりの人間として、家族の一員として、息子を認めて接すること。それが基本だと思いました。今まで、外の世界・・・学校で一生懸命戦ってきたのだから、これからは「もう大丈夫だよ」と、安心して過ごせる居場所を作ること、それが一番必要だと考えました。

あとは、時間薬たと信じて、息子を見守るのみです・・・

不登校になってからの息子の様子

こんにちは、カナコです。

あれから息子は、自宅にこもるようになりました。すっかりパワーが無くなったのか、ほとんど寝て過ごします。起きているときはゲームをしたり、DVDを観たり。通学する子どもたちを気にしたり、学校へ行っていないのが後ろめたい気持ちが出るらしく、朝は起きるのが遅くなりました。そんな息子に声をかけながら、私は子どもを残して自宅をあとにする日々でした。

 

元気のない子どもを目にして、心配になって声をかけたいと思いながらも「いまはそっとしておいた方がいいかも」と思い、あえて学校の話などは避けました。ただ、熱はないか、ゴハンをしっかり食べて元気になって欲しいと思い、出勤した後も息子が気がかりでした。会社が昼休みになると、息子がちゃんとゴハンを食べているか気になって、自宅へ帰りました。息子は起きているときもあり、寝ていることも。お昼ごはんを準備して「ちゃんとゴハンを食べてね~」と声をかけて、再び出勤しました。

 

そうこうしているうちに小学校が終わりに近づき、中学の入学式が迫ってきました。なんとか息子を連れ出して中学の制服を作りに行き、カバンや靴を準備して、行きたくなったらいつでも通えるようにしておきました。「中学校という新しい環境になれば、通えるかもしれない」という淡い気持ちを持ちつつも、入学式に参加することができ、数日通いました。しかし、すぐお休みが続くようになり、また自宅で過ごすようになりました。

 

2年が過ぎたころ。息子がぼそっと言いました。「将来、ニートにはなりたくないなあ」「やっぱり勉強したほうがいい。」それを聞いて、私は息子が回復してきているのを感じました。といっても、中学校をお休みして、すでに2年。受験するには到底勉強が追いつかないでしょう。また、たとえ全日制高校に運良く入ったとしても、また集団の中で挫折することは目に見えていました。そこで、私は通信制高校のことを調べはじめました。高校の卒業資格さえ取ることができれば、まずは将来の就職の土台を作ることができます。

 

とはいっても、通信制高校について何も知らない私。まずはインターネットでいろんなサイトを参考にしました。いまは色々なサイトがありますね。おかげで、通信制高校がどういう学校であるか、勉強の仕方や内容の大まかな内容、どんな進路があるのか分かりました。それから、うちから通える学校を調べるためにこのサイトで資料請求できることを知りました。地域や学年を検索すると、通える学校の候補が出てくるのです。そして、興味のあるところにチェックして一括で資料請求することができました。正直、どの高校を選んだら良いか分からなかったので、これは大変助かりました。あとは、息子と話し合って、どの学校・どのコースにするのか話し合う必要がありそうです。

うちの子が不登校に!?

こんにちは。中学生の息子を持つ、カナコと申します。
普段は会社に勤めながら、子どもを育てています。

息子が小さい頃は、同じく働きながら子育てしている同僚が「子育ては大変!」と言っているのを聞きながらも、
「子育ては、思いどおりに行くものではないから」
「子育てが大変なのは、当たり前だよね~」
などと、考えていました。
だって、子どもはひとりの独立した人格をもった存在。親の思い通りにいくわけない。
(そうやって言い聞かせていたのかもしれないですが)

だから、子育てには余裕を持っている方だと自負していました。
息子が小学5年生になるまでは。

 *

4年生までの息子は学校が大好きでした。毎朝元気な声で「いってきまーす!」と家からランドセルを背負って出かけていきました。もともと人懐っこい性格なのかクラスの友達を始め、職員室の先生からも可愛がられていました。

ところが、5年生になってから異変が起きました。

お正月を過ぎた頃。
ある朝、息子が苦しそうな様子で、ベッドの上で言いました。
「ママ、熱がないけれど・・・学校を休んでもいい?」
明らかに、普段と様子がおかしかったのです。

私は「学校へ行かなくてもいい! 熱がなくてもいいから、休みなさい。」
そうやって答えるのが精一杯でした。

 *

少しずつ、息子から話を聞きました。
とにかく、ヒステリックな口調の担任は、自分の機嫌が良くないとカミナリのような怒鳴り声を上げたそうです。もともと漢字を書くのが得意ではなかった息子。丁寧に書いても、少しでも先生の書き方と違うと、即座に赤ペンで大きな「バツ」を付けられました。

また、別の日には宿題の範囲を間違えてきてしまった女の子に対し、先生がみんなの前で怒鳴りつけました。
「勉強する気があるのか!?」
その女の子は、クラスのみんなの前で泣いてしまいました。

そんなことが度々あったそうです。
それでも息子は「学校は通わなくちゃ」と、毎日出かけていたのでした。

息子はがんばって耐えてきたけれど、もう限界でした。。
小学校へ電話し、「息子を一週間、休ませます」と伝えました。
ひとまず、静かな一週間が過ぎました。息子はよく、眠っています。

しかし、一週間を過ぎた頃、学校から電話がかかってきました。

「お子さんの様子はどうですか?」
「学校をずっと休んでいると、学校へ来れなくなっちゃうから来てください」
「自分でこれないなら教師が迎えに行きます」

それから、学校との戦いが始まりました。

息子にとって、学校はもう、恐怖の対象でしかありませんでした。
4年生まで楽しかった学校。
息子が「学校って、先生ひとりの存在で、あんなに変わるもんなんだね」
担任の顔、怒鳴り声を思い出すだけで、彼は精神的な苦痛を覚えずにはいられませんでした。

学校へ行って担任のことを訴えても、校長は「担任はよくやっていた」との一点張り。まったく話が通じませんでした。他の先生も、心配するのは「学校へ来ないのは困ったことだ」。息子の気持ちを考えてくれる先生がいませんでした。

「学校は、もう少し味方になってくれると思っていたのに…」
私はショックを受けました。
「学校という巨大な存在と孤独に戦っている」ということに、私自身が疲れてしまいました。

最後に担任と会ったとき、息子を全く心配する様子がありませんでした。たまりかねず「息子に対して、何か言うことはないですか?」と聞いてみました。担任は薄笑いしながら、しかし黙っていました。
それをみて「ああ、息子は先生からのイジメに遭っていたのだな」ということが、やっとのみこめました。そして、それに気がつかなかった自分も責めました。

安心して通わせていた学校で、まさか、そんなことがあるなんて・・・。
だって、学校は生徒を守ってくれるところだと信じていましたから。

それから、あれだけ人懐っこかった息子は「人間不信」になってしまいました。
こうして、小学生にして息子の不登校が始まりました。